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工藤夫婦の堕落【第一章:工藤夫婦】

【第一章】工藤夫婦



 「ああっ、翔太さんっ♥ イイッ、気持ちいいよ、もっとしてぇっ♥」
 ギシギシと軋む安普請のベッドの上で、最愛の妻、咲希が喘いでいた。午前一時。ほぼ毎晩繰り返しているこの夜の営みに、翔太が飽きることは決してないといってよかった。ヌメヌメとあたたかい愛妻の恥部を陰茎全体でかきまわしながら、彼は妻の体を抱きしめ、今日も正常位でたっぷりと射精した。



「いっぱい出た?」
「うん、今日もすごく気持ちよかったよ・・・咲希はどうだった?」
「奥にあたってすごくいいよ・・・力抜けちゃった」
「あはっ、よかった。愛してるよ、咲希……」
 一杯出た、というわりにはあまり重たくないコンドームの口を縛りながら、彼はベッドの隣で息をつく妻にそう声をかけた。横たわった真っ白な背中はすべすべとなめらかで、高校生のとき初めて見た美しさをそのままとどめている。最愛の妻、咲希。新婚の頃から毎晩のように過ごしてきたこの夜の光景が、彼の幸せ全てを示していると言っても過言ではなかった。どんなときも一緒にいて支えてくれる咲希のためなら僕はいつだって死ねる。このときの彼はそう心底思っていた。

 夫が気持ちよく一発射精したあと、咲希はいつもその柔らかな唇で怒張を掃除してくれる。今日もるろ、るろと亀頭の上でいやらしく舌を動かすと、金玉から先端にかぶさった長い皮の内側まで、咲希はきれいに汚れをなめとった。
「ぶぼっ、じゅるるう…うふっ、また大きくなってきたよ♥」
普段の清楚なたたずまいからは想像もつかないほどいやらしい妻の表情。ほほをすぼめてのバキュームフェラをされると、たいてい彼は五分と持たずに、二度目の射精を遂げてしまう。絶頂の気持ちよさを感じたあとは、朝までぐっすりと寝こけてしまうのがいつものパターンで、あとは小鳥の声で目覚めるのと、妻が作る朝食の香りで目覚めるのとどちらが早いか、と言ったところだった。

 二人が結婚したのは今から二年前、翔太が二十六歳、咲希が二十四歳のときだった。高校時代に生徒会の活動がきっかけで付き合いはじめ、大学入学、就職、結婚と、九年間をともに過ごしてきた計算になる。現在咲希は二十六歳。人によっては容姿にかげりが出始める年齢かもしれないが、咲輝の美しさは今も年々増し続けていると言ってよかった。セミロングの髪に、抜けるような白い肌。和洋問わず料理が得意で、嫌いなものは煙草のにおいくらい。卒業したのは翔太と同じ地方大学だったが、学部成績が今ひとつだった彼とは違い、咲希は法学部を主席で出るほどの秀才だった。やや色素が薄い、大きな瞳の目元には小さなほくろがぽつりとあって、それが彼女のかわいらしさを演出していた。清純そうな顔だちとはうらはらに、男の目を十分に奪う魅力的な体型の持ち主でもあった。胸はそれほどでもなかったが、スマートなシルエットでありつつも十分にエロティックさを醸し出す腰つきは実に美しく、大学では彼女の貞操を狙う男が後をたたなかったほどだ。
工藤夫妻は同じ高校を出、同じ大学を卒業し、結局同じ会社に入った。昔から聡明だった咲希にとってはどれほどの厳しさだったのかはわからないが、今ひとつ機を見るに敏とは言えないタイプだった翔太にとっては、就職の成功はある種の奇跡といってよかった。翔太は営業、咲希は内勤。会社で顔を合わせることは少なかったが、「翔太さんと同じ会社に入れた」と大喜びした咲希の笑顔は今も彼にとって勲章だった。
ただ、その新生活はさほど長くは続かなかった。咲希は配属先の上司のしつこいアプローチに耐えかね、入社して二年目の秋に会社を辞めてしまった。実は彼女に退職を勧め、同時に結婚を申し込んだのは翔太自身だったので、彼は妻が家庭に入るきっかけを作ってくれた上司に対し、いら立ちと同時に密かな感謝も感じていた。

 それから数年。翔太と咲希の生活にはいま、新たな暗雲が立ちこめつつあった。元々どうして入社できたのか不思議なほど引っ込み思案だった翔太が営業としてめきめきと出世をするわけもなかったが、ここ最近の営業成績の落ち込みようはひどく、接待で飲めない酒を飲み、泥酔して帰宅しては妻にあたることが増える一方だった。何よりもつらいのは、妻にしつこくアタックしていた元上司、倉田修一が、どういう巡り合わせか今度は彼の直属の上司になったことだった。咲希は表向きは寿退社ということになっていたため、会社では誰も、倉田が咲希にしつこく言い寄っていたことを知らない。それをいいことに、倉田は新たな部下となった翔太のミスをことごとくあげつらい、刻々とその立ち場を失わせつつあった。

 ただ、翔太から見て、倉田は正直なところ、自分とは全く違う「一流の男」でもあった。精悍な顔立ちに、一等のスーツの上からでもわかるたくましい体つき。その鋭い眼光には三十代後半にして、既に他を惹き付ける強いカリスマ性が見え隠れしていた。社の創業者一族の血縁であることを全く利用せず、実力のみで幹部クラスに駆け上がった凄腕。京大卒で、英語、中国語に秀で、おまけに車はBMW。これ以上なくわかりやすい「エリート」そのものだった。
タバコが苦手な咲希はヘビースモーカーだった倉田のことを配属当初から嫌っていたが、それを知らない彼は何度も、仕事の帰りや休日に咲希を誘った。咲希がそれとなく翔太の存在を伝えても、彼の強引さには何の影響もなかった。
「俺は数年後に部長になる。そのときは、できれば君には今の仕事から離れて、俺の専属秘書になってもらいたいと思っている。もし決まった相手がいないなら、今夜ちょっと付き合わないか?」
こんな、直接的な口説き文句を吐くこともあったようだ。しかし、咲希は結局それを受け入れることはなかった。ただ、気に入った女に拒否されたことで彼のプライドが崩壊し、そのことが夫である翔太の地位をいま揺るがしているとしても、翔太は誰にも訴え出ることはできなかった。結局は翔太の実力不足ということに落着してしまうのが火を見るよりも明らかだったからだ。

 翔太は最近、咲希の様子がどことなくおかしいような気がし始めていた。折からの不況と彼の成績不振で年々下がっていく収入にも文句を言わず、毎日弁当や美味しい夕食を作って夫を励まし、寝床では毎晩のように奉仕していた彼女が、このところはありものでごまかしたり、夜の生活を断ったりすることが珍しくなくなったのだ。

「ごめん、疲れてるのよね。今日はピザでも取ってくれる?」

「今日は先に寝るね。このところ生理不順のせいか体調が優れなくて……」

「え、今日バイト先であったこと? えっと、うーん…… 別に、これといってないかな。なんでそんなこと聞くの?」

もともと秘書検定や経理の資格を持っていた彼女は、夫の収入が下がったこともあり、一月ほど前から外でアルバイトをするようになっていた。その職場の飲み会があるなどと言って、帰宅が夫より遅いことも珍しくなくなっていた。職場での話もあまりせず、家で顔をあわせることも減った。何よりも翔太が気になったのは、最近彼女の脱いだ服から漂うようになった残り香のことだった。たばこのにおいが何よりも嫌いな彼女。しかし、洗濯機に無造作に放り込まれた彼女のブラウスから香ってくるのは、間違いなくセブンスターの紫煙の香りだった。

     * * *

がちゃり、と玄関のドアが閉まる音がして、ソファでうとうととしていた翔太は目を覚ました。午前一時。今日も日付が変わってから帰宅した咲希を、彼は今度こそ許さなかった。
「今日はどこでどうしていたんだよ?連絡もしない、電話も出ないなんて、心配するじゃないか!」
「ああ、まだ起きてたの。えーとね、今日は昔の友達と駅前で会っちゃって…。ほら、2-Bにいた早乙女ミキ、覚えてない? 久々だったからちょっと飲み過ぎちゃった、かな。ごめんなさい、そんなに起こらないで」
いつの間に買ったのか、バーバリーチェックの細身のミニスカートに、少しラメの交じったような黒いストッキングを身につけた色っぽい服装の咲希は、いつになく怒り心頭といった様子の翔太に謝罪を繰り返した。しかし、どことなくその謝罪には誠意を感じることができない。いつから変わっていったのか今となっては定かではないが、以前は清楚だった顔立ちに施されたいささか派手な化粧。ソファに腰掛けた短めのスカートからは太ももがちらちらとのぞき、タイトめのニットの上からはバストの形のよさが伺える。そんな色っぽい姿の妻を問い詰めていると、翔太は嫉妬や怒りではない、何やら加虐趣味めいた快感すら感じ始めていた。
「最近、どうしてこんなに帰りが遅いんだよ。僕は君がどんな同僚とどんな職場で働いているのかもほとんど知らないんだぞ?」
「食事も作らないし、夜だって……。こんなんじゃ、僕じゃなくても浮気を疑って当然じゃないか!」
 繰り返される糾弾。地団駄を踏む夫の前で、咲希はソファで足を組み、そのほとんどに答えなかった。しかし、彼がついに
「早乙女と飲んでたっていうなら、証拠を見せてくれよ。弓道部だった早乙女だろ?フェイスブックで友達たどれば出てくるから、本人に聞いたっていいんだっ!」
と激高すると、ちらりとその顔を一瞥して、つぶやいた。
「ごめんね。倉田さんと会っていたの」
「えっ……?」
翔太は首筋にじわりと汗がにじみ、火照っていた顔の熱が引くのを感じた。倉田だって? 倉田って、うちの上司の、あの倉田か? 不意をつかれた彼は、いつの間にか乾いていた唇をなめ、そう質問するのが精いっぱいだった。
「そうよ。あなた、先月接待で酔っぱらって、倉田さんに車で送ってもらったことがあったでしょう。あのときから、何度か」

咲希は再びうつむき、ひざの上に載せていたハンドバッグを無造作に床に放り投げた。

「どうして!なんで、よりによってあの・・・」
「勘違いしないで。倉田さんはあなたのことを心配してくれてるのよ。このままだと再来月の異動で、確実に地方にとばされるって。家を買ったばかりなのに、さすがに気の毒だからって・・・」
「それと君の帰りが遅いことがどう関係あるっていうんだ」
「なんとかしてくれるっていうのよ。あなたの勤務評価をね」
電源の入っていないテレビを眺めながら、咲希がつぶやいた。翔太には、うっすらとその瞳に涙が浮かんでいるように見えた。
「・・・あなたの成績に、色をつけて人事に報告してくれるって。自分なら昇格はむりでも、いまの地位にあなたを在留させられるって。そのかわり」
「その代わり・・・?」
翔太はごくり、とつばを飲んだ。僕の不手際の尻ぬぐいをするかわり、自分と不倫しろというのか?それをあんなに倉田をいやがっていた妻が飲んだと?戦慄が僕のからだを駆け巡った。しかし、妻が口にしたのは、僕の予想とは違う返答だった。

「臨時職員として社に戻って、わたしに業務の補佐をしろっていうの」
「・・・え?」
妻はそこで、初めて笑顔を見せた。
「バカね、わたしが浮気なんてするわけないでしょ? いまの不況で、倉田さんも毎日の業務が忙しくて大変だって言うの。私に、その・・・アプローチみたいなことしてたこともずっと責任を感じてるって。だからそのお詫びに、ご主人の異動のことと、わたしの仕事についても面倒みさせてほしいって」
「・・・業務の補佐っていうのは?」
「アポイントメントの管理をしたりとか、接待のレストランをセッティングしたりとか。あとは書類整理をしたり、その、身の回りのこととか……つまり、秘書みたいなものよ。ありていに言って」
「それで・・・受けるつもりなのか? そんな、君に言い寄っていた男の言いなりに……」
問い詰めていたはずが逆に追い詰められ、翔太の声は震えた。咲希はそれを笑うでもなく、続けた。
「正直言って受けたいの。いまの事務よりずっとずっと割りがいいもの。それに、帰りも遅くなったりしないし。最近遅かったのは実はその・・・研修みたいなことだったんだけど。あなたに言ったら昔のことを思い出しちゃうかと思って、言いづらくて」

 言いづらいのは当たり前だろう、そう言いかけて、翔太は口をつぐんだ。咲希が倉田から提示された月収は、家計にとって大きなメリットとなる数字だった。つい先日念願のマイホームのローン契約を結んだばかりの工藤家にとって、その先行きを大いに明るくする額と言ってもよかった。いずれ子どもが生まれたときの学費や食費のことも忘れてはならない。いつか、咲希が家計簿をつけながら「このままじゃ子供産めないね」とため息をついたのを、翔太は思い出していた。
  「いいでしょう?仕事は朝遅いし、夕方も早いの。接待があるときはついていかなきゃいけないけど・・・それも金曜夜だけだと思うし」
 堰を切ったように咲希は説得を始めた。その表情に、「もちろんあんな男の秘書なんて嫌だけど」という要素を翔太は探していた。京大出でBMW乗りのエリートなんて、いけすかないよね。そう言ってくれることを期待した彼だったが、咲希は
「倉田さんも思ったよりずっと親切でいい人だった」だの、
「実は仕事用のスーツももう揃えてくれたのよ。帰りは車で送ってくれるって」などと、夫の自尊心を傷つける言葉ばかりを口にするのだった。上気したその顔に彼は不信感を感じたが――結局、最後は折れた。時計の針は既に2時半を指している。妻の話が結局、夜の生活を拒否されることの説明には全くなっていないことに、彼は気付かないふりをするほかなかった。
妻にでも、ましてや倉田にでもなく。
彼は結局、目先の収入に、説得されたのだった。



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